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SNOW COLUMN 2014/10/15 |
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『アナタニトッテノスノーボードトハ?』
『アナタニトッテノスノーボードトハ?』
これはフォトグラファーのHi-seeさんが監督、
僕がエディターをした2007年製作の”情熱列島”という作品でライダーに投げかけた言葉です。
僕にとってのスノーボードとは遊び道具であり、旅であり、知らない人達と出会えるアイテムなんです。
ビデオグラファーのオカケンです。
スノーボードビデオ制作をしておるものです。
一癖も二癖もあるスノーボーダー達と、その周りにおこる現象というものを記録して
スノーボードの面白さを映像で表現しようと毎年試行錯誤しています。
僕の実家は、
三重県の鈴鹿山脈という山々の麓にあり、雪は年に数回しか降らない所です。
子供の頃は山と川が自然と遊び場、年頃になると海外の映画に興味を持ち始めました。
三重の一角しか知らない僕は、何時も外の世界に憧れを抱いていた生粋の田舎っ子でした。
10代最後の頃スノーボードに出会いました。
バイト先の先輩達に知らない土地へ連れて行ってもらい、ゲレンデを滑り土地の食べ物や温泉を楽む。
そんな生活が刺激的で週末はいつも旅気分でした。
そのうち完全にスノーボードにハマり出し、仲間と新潟県魚沼市に家をかりてスノーボード三昧の生活。
徐々に魚沼のローカルと仲良くなっていき、三重県とはまた違う日本の文化にスノーボードを通して触れました。
新しい発見。新しい仲間。
夏は練習という目的で海外に滑りに行ってました。
本当はスノーボードを持って知らない土地へ旅に出たと言った方が良い。
これは完全に確信犯。
スイス、ドイツ、アメリカなどへ行き、知らない人達と出会う。
山が滑れない日や、飛行機の行き帰りストップオーバーで大陸を旅する。
オランダ、フランス、ベルギー、オーストリア、イタリア、
クロアチア、タイ、台湾、シンガポール、マレーシア、などなど
子供の頃憧れた映画の中に自分が入っていく感覚でした。
旅の中では色々な事をビシビシ感じる。
戦争の事、貧富の格差、歴史。そして様々な人が世の中にいる事を知りました。
そしていつのまにかスノーボードの滑り手から、
滑る人を撮影する側になって12年経ちました。
今もぼくは旅をしています。
車泊しながらスノーボードで雪山を、編集の無い時はどこかへ。
まだあの頃と同じく旅をする前のワクワクは無くなりません。
出会う人もまだ増えてます。
知らない土地もまだまだいっぱいあります。
僕はこれからもスノーボードを続ける限り
僕にとってのスノーボードとは遊び道具であり、
旅であり、地理の教師であり、知らない人達と出会えるアイテムなんです。
『アナタニトッテノスノーボードトハ?』
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