前回のコラムの文末で、スケートボードの神様、って言葉をついうっかり発してしまいましたが今回は宗教のお話をします。
そもそも、日本の神様にまつわるあれこれは、すべてのものに神様が存在すると言われてきました。
箸やお茶碗、テーブルに至るまでなんでも。
粗末に扱えばご飯が食えなくなる。と言った具合に、何事も大事大事に扱うという事を
生まれながらに先祖代々我々は刷り込まれてきたと思います。
ここでいうところのスケートボードの神様は「レジェンドスケーター」をはじめとする人間をあえてさしません。
箸やお茶碗のように、各スケートボードセクション、それらが揃ったパーク、
喉から手が出るほどメイクしたいあなたが狙うあのスポットです。
自分の技量のさらに上の技を習得するにはそれなりの修行を積まなくてはいけませんし、
初メイクの瞬間は技量の半分は、ほぼほぼ運に身を任せていることが多々あると思います。
そして、ある日それをメイクできた瞬間っていうのは自分自身の能力を超えた「超越」と
腹の底から湧き出る悦びが湧き出るのは皆さんは実体験として繰り返し続けているために
「強烈な信者」となってしまっているはず。
その今までの能力の限界とメイクまでのほんの少しの後押し。
それが真摯にそのスポットと向き合ったご褒美を「スポットの神」(レール、レッジ、コーピングなど)から授かった!!
と、信じた自分+何かの後押しがあったと、狂喜のなかにチラリと脳裏をよぎるものがあるはず。
そんな風にスケートスポットを神格化するくらいに崇高な場所と皆が意識を高めれば、
ぞんざいな扱いをする者も考えを改めるかその場を去るか、
きれいで快適なスポットになるのではないかと、そう思いました。
そう思いませんか?ねえ?ねえ?
って真顔で言われたらドン引きすると思います。
なので言葉を変えます。
すなわち、人間の感情に寄った言い方をすれば「リスペクト」であり、いつもいる方々、初めての方々も
場所というものに目を向けてスケートに打ち込んで、いいの出して1杯やって帰る。
そんな日常で使う場所を大切に想う気持ちが今後増えゆくスケートパークでの過ごし方なのではないかと思います。
いい常連さんになってください、ってこと。
●場所にリスペクト
●人にリスペクト
●自分の頑張りにリスペクト
ってな具合に。
●怪我した時だけ「神は振り向いてくれなかった」でも良し
さて。。。
墨田区にある堤通交通公園というところでは、現在、児童用のカートで遊ぶ公園内に毎日時間限定で
間切りしたスペースにセクションを出してスケートボードができるようになっております。
この計画は墨田区役所の担当者がスケーターから意見を多く聞き、仮のパークとして試験的に運営しています。
ローカルスケーターも態度次第で閉鎖になることは理解していますし、
稀にパーク近隣で滑ってしまってクレームを受けたりはしていますが、
現状は行政とスケーターのお互いの意見を聞き合いながら共存を続けられています。
カーブボックス3基からスタートし、現在ではなんとミニランプまであります。
ルール、ルール、とウゼえことはなるべく少なめにはなっていますがとかく多く聞くお子ちゃまの言い訳で
「知らなかったんで~」という無粋な言い訳とならぬ様、最低限の事は掲示されています。
行政サイドの人も、利用者もひとめで判るものを掲示して、
あとは先ほど述べたリスペクトの気持ちが形になっている場所です。
やはりスケートボードを理解していただける協力者と案を提示する側の認識度は
互いに寄せ合ってイーブンであればあるほどより内容のあるものになると思います。
仮パークゆえに時間に限定があれどもスケートパークです。
神様はいるにせよいないにせよ、場所というのはそんなローカルスケーターの気持ちが
そのパークの空気を作ります。
皆さん大事にしています。
自分らが守るという意識も育っているかと思います。
各地でもこの様な取り組みが始まっていることをSNSで目にする様になっています。
これからこういった活動をするスケーターや行政の方々にも、この場がサンプルケースになると思います。
クリエイティブな活動がそのまま実用に結びついている様はなんとも気分が良いものです。
この計画には先々、墨田区のスケートパーク建設計画にも計画にも繋がるかもしれません。
君は神に祈るか???
まとめ
その場を大切に想う気持ち、ヤル気バイブスが失せればパークは死にます。
そして「スケートボードの神」も死にます。
言葉が多すぎた?
熟知した人生のベテランは「粋にやろうぜ」と一言いいました。
お問合せ
杉
世田谷公園スケートボードスクール
bluth skateboards 代表