今回、スケート仲間のツカサくんからバトンを受け取りコラムを投稿させてもらいます。
おじさんスケーターのKIRA、47歳です。
人生初めてのことで、少々戸惑いもありますが一生懸命書かせていただきます。
全4回お付き合い下されば幸いです。
まずは、簡単に自己紹介をしたいと思います。
目黒出身三茶在住、ホームパークは駒沢公園スケートパーク。
ここ最近はミヤシタで滑ってることの方が多いです。
私は、41歳になるまでほとんどスケートボードとは縁がなく過ごしてきました。
ある時、小学校卒業以来全く会うことが無くなっていた幼馴染と30代前半で偶然再会しました。
毎日一緒に遊んでた友達達みんなに再会できたんで、無くなったものが見つかったみたいな感覚で
サイコーに嬉しかったです。
当時僕たちはBMXに乗ってて、近くの公園や空き地、そして大森野鳥公園とかまで
遊びに行ったりしてました。毎日が映画のスタンドバイミーみたいな感じで
ホントいろんなことしてましたねー(笑)。
そんなみんなは、中学からずっとスケートボードにハマっていて、
世田谷公園にスケートパークを作ってもらうためにローカルのみんなで
一丸となって頑張ってました。
幼馴染からは、『スケート一緒にやろうよ』って言われたんですが
パッとせず全く興味もわきませんでした。その時もらったデッキも
ホコリかぶるまでほったらかしにしてました(汗)。
そんな私がスケートボードを始めたきっかけは、当時5歳だった娘でした。
なんとなく車に積んでいたお下がりのスケートボードを引っ張り出してきて遊んでいた時のことです。
初めは上手く乗れず苦労していたのに、『お父さん、見て〜』
って、小1時間で気持ちよさそうにプッシュして滑ってたんですよ!
そんな姿を見て、3歳の息子がマネしてデッキに乗り遊んでいた時、
ふと「子供達と一緒にゼロからスタートでスケボーをやってみたら楽しんじゃないかな」って思い親子で始めました。
しかし始めてみると頭で想像していた以上に難しいし転ぶし、
アスファルトに尻餅つくわで散々だったんですが、諦めずに頑張っている子供達を見て
お父さんも負けてられないって思ったんです。
みんなスタートラインはいっしょなんだし、
頑張ってる姿を子供達に見せたかったし見てもらいたかったんです。
初めは1台のデッキをみんなで順番に乗り回して遊んでいて、
気が付けばみんなマイデッキで家の周りを
『誰が1番早くプッシュであの電信柱まで行けるか競争〜』
とか
『今日は、あの電信柱までチックタック競争〜』
とか
『今日は2プッシュした後、片足で誰が足を着けずに長く乗っていられるでしょうか〜』
とか
『車が来ない坂道でダウンヒル〜』
てな感じで滑って遊んでました(笑)!
とにかく、みんなゼロからスタートなんで追いつけ追い越せな感じでどハマりしました(笑)。
奥さんには『いい年なんだから怪我しないでね〜!』って呆れ顔で言われるんだけど
そんな事よりも楽しかったし、夢中になる感覚が小さい頃に戻ったみたいな感じでした(笑)。
子供たちも失敗しても失敗しても諦めずに頑張って立ち向かっていく姿、恐怖と戦っている姿、
そしてメイクした時の笑顔、そんな子供達の成長を見るのは何よりも楽しかったですね(進行形ですが)。
ちなみに僕は子供大好きなんで子供たちが大きくなってもこれならいっしょに
遊んでくれるんじゃないか〜なんて思っています。
そんな息子も4歳の誕生日プレゼントに、スケートボードをおねだり。
どこで買って良いかわからなかったので幼馴染に相談すると、息子に合うように組んであげるよーとの事で、
楽しみに待っていると出来上がって来たものがハンドシェイプ(オールドシェイプ)の
息子専用激ヤバデッキでした。
当然、その夜息子は抱きかかえて寝ました(笑)!
プレゼントもらった次の日だったかな〜、ニューデッキ持って生まれて初めて
駒沢のスケートパークに滑りに行きました。その時の嬉しそうな息子の顔、
今でも忘れられないですね!
それが今からちょうど5年前の10月!
お父さん41歳、娘(セナ)6歳、息子(タカヒト)4歳でした。
そこから私のスケートライフが始まりました。
豊津吉良 プロフィール
神戸生まれ東京育ち
ホームパーク 駒沢公園
最近よく行くパーク ミヤシタ
2児のおじさんスケーター
instagram : @kira_toyotsu @sena_takahito(子供達用)