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COLUMN |
SURF COLUMN 2012/9/4 |
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Surfing is my life『転機』
波乗りを始めてから幾度かターニングポイント『転機』がありました。
始めた頃は無我夢中で楽しいことの繰り返しだったので、転機には気付いていませんでした。
前回も書かせていただいたように、
海外へ頻繁にTRIPに行くようになって
海外のサーフカルチャーを体感したり、
コンテストに出場したりの繰り返しをしているうちに、
サーフィンに対して真剣に向き合うようになっていきました。
とにかく上手くなりたい一心でした。
その頃はコンペブームも手伝って様々な所でコンテストが行われていました。
毎週末コンテストに出場し、全日本選手権にも千葉西支部から出場したりしていました。
当時はケリースレーターを筆頭にシェーンドリアン、ロブマチャド、テイラーノックスなど、
モーメンタム世代が細くて薄くロッカーが強めのデザインのサーフボードを使用していたので
自分も同じ様なデザインのサーフボードを乗っていました。
そんな流行のサーフボードで全日本選手権に出場し、
会場の独特の空気にやられそうになりましたが、
自分なりの手応えを感じ、コンペティターとしての転機を迎えたのです。
それからのコンテストは勝敗は付いて回りますが、
多方面の友人などができ、
刺激を与えてもらいながら前向きに楽しみながら出場していました。
アマチュアのコンテストだけ集中してやってきたのですが、
プロのコンテストで自分がどこまで通用するのかを試してみたいという気持ちが強くなってきたので、
高いモチベーションを武器に出場したのですが…
撃沈されたのは言うまでもありません。
しかし、そこからプロサーファーになりたいという強い思いができたのです。
それからはプロのコンテストをメインにし、
サーキットを回り始め、
2年をかけて念願のプロサーファーになることができました。
その当時はサーフマーケットも好調で
アマチュア時代とは比べものにならないほど、生活が一変したのです。
たくさんのサーフボードをテストすることができ、
サーフボードの違いやシェイパーの特色なども少しずつ理解できるようになりました。
しかし厳しい現実も当然ありました。
落ち込むことも多かったですが、周囲の人に助けていただき、支えてもらいました。
プロサーファーになり、
自分の個性に磨きをかけ、商品価値を自分につけて、
競技がいずれ終わりを告げたあとを友人と話したり、自分の中で試行錯誤していました。
全日本選手権の転機から始まって、自分のサーフィンライフは様変わりしました。
そして遅咲きながらプロサーファーになれた転機。
幾度か転機はありましたが、
昔から変わらないのは常に自分が目指すサーフィンがあることです。
それは今でも変わらずにあり、
サーフィンを続けている間は無くなることはないと思います。
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