COLUMN
SNOW COLUMN 2011/4/6
ICHIGO (田中総一郎)
12年間BURTONのライダーとして活躍。
2003年にバックブランド「SAGLiFE」 を立ち上げる。
スノーボードの枠を越え、ウィスラーから、ニューヨークなど、
山と街のをつなげる活動に力を注ぐ。
スノーシーンでは、サーフライドパークを立ち上げる。今後は、アジアへの進出を考えてる。
1回目
2011/4/6
『今、できる事。小さな事からこつこつと!!』
2回目
2011/4/20
『がんばろう東北!』
3回目
2011/5/18
『「サーフライド」というカルチャー』
4回目
2011/6/1
『サーフライドへのこだわりと実現』
『今、できる事。小さな事からこつこつと!!』
はじめに、このたびの東北地方太平洋沖地震により被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
一日も早い復旧復興を心よりお祈り申し上げます。
3月11日、自分は東京の自宅にいた。
もの凄い揺れに襲われ、家を飛び出した。
東京でも、尋常でない事を感じる事ができた。
外に出たものの、空を見上げると、電線だらけ。
逃げる場所がないと感じ、恐ろしくなった。
電柱が倒れたら感電するのか??
地面が動いているような感覚が足に伝わり、
周りの建物がグラグラ揺れ、
ミシミシと音が鳴っていた。
揺れが何度も続き、少しおさまったころからテレビをつけ、どんな状況なのか確かめたかった。
ちょうどこの日は、移動日で夕方から川場スキー場へ12日のサーフライドの大会のジャッジに行く予定だった。
出発予定が近づいていたので、
まずは状況を把握しなくては、と思っていたが、
想像以上に凄い光景が、テレビに映し出されていた。
津波に家が飲み込まれて行く映像だった。
サーフィンをするので波の怖さは知っていたが、現地は、想像を絶することになっていたのだろう。
凄まじすぎて、あまり実感が湧かなかった。
ありえないが起こったんじゃないか??
いつも、サーフィンでよく行く地域がドンドンと津波に飲み込まれて行く。
気仙沼あたりも、本当にいいサーフスポットがあり、よく行くスポットだった。
もし自分も行っていたらと思うと血の気も引いた。
そして、東北方面の友達の安否が気になり、電話をかけるも、誰も繋がらない。。
夕方の時間帯だったので、もしかして、サーフィンしていて飲み込まれたんじゃないか??
など胸がぎゅっと締め付けられる気分だった。
11日の夜の時点では、被害の全容は明らかになってはいなかった。
日が経つに連れ、この地震の凄まじさを知ることになった。
こんな事が起こるなんて。
そして、更に原発の問題が加わった。
原発について、ほとんど知識はなかった。
そこから、テレビやネットを通じて
原発の恐ろしさを知り、発表される情報の曖昧さ
不透明感が不安を誘った。
一時、親戚のいる四国へ避難する事にした。
なにが起こるか分からない。
想定外の事が起こっている事は確かだ。
まずは、離れて頭を冷やす事を選択。
東京では、お米や、ティッシュ、カップ麺、電池がなくなった。
みんな、狂ったように買い物に行き、朝から行列になっていた。
ガソリンスタンドもクローズし、今まで見た事の無い東京の光景だった。
四国についてからも、ドキドキする日々が続く。
そして、自分に何ができるのかを考え始めた。
個人の力では本当に何も出来ないと感じ、自分の無力さにイライラした。
現地へ援助をしに行く人たちがいる中、自分は、避難している。
自分の判断は正しかったのか?と悩んだ時期もあったが、
自分の人生は、自分で決める。
と考え直し、次のステップを考えるようになった。
まずは、遠くにいてできること、
あせらず、小さな事からコツコツと!!
募金や、いろいろなチャリティー活動に参加する事に決めた。
ZOZO TOWN のチャリティーTシャツを始め、
HLNAのチャリティーTシャツ〔
http://www.hlna.jp
〕
福島のシュレッダーの平さんにも気持ちながら物資を送らせて頂きました。
電話で、福島のリアルな状況を聞き、胸が痛くなった。
現地では、いろいろな問題が起き、ストレスがたまってきている。
そして、SAGのチャリティーに参加。
http://www.gaudi-sag.com/prayforjapan/
SBNさんから、お誘いを受け、グリコーゲンというプロジェクトも参加。
http://www.glycogen.jpn.com/
ギギ・ラフ、ジェイミー・リン、竹内正則、玉井太朗、 國母和宏 、中井孝治、中村竜、 田嶋鉄兵?などなど、
今もたくさんの人たちが集って来ている。
プロのライダー達の意識の高さが素晴らしい。
そして、いち早くこのプロジェクトを決め、実行したみんなの行動力が素晴らしいと感じ、胸が熱くなった。
SAGLiFEからは、世界限定1個の幸福を呼ぶ黄色いメッセンジャーを出品。
オークションの日は、4月15日です。
プロライダーや業界の人達が、日頃出品できないようないレアな物を出品し、
少しでも力になるよう、力を合わせている。
一人では、大きな事はできないけれど、みんなで知恵を出し合い
少しずつ支援して行く事が大切だ。
今は、四国からの帰りで、松山で一泊。
そして、京都で一泊して東京へ戻る新幹線の中でこの文章を書いている。
桜が咲き始めている京都。すべてのお寺で義援金を集める活動がされていた。
こういう日本中が協力し合う体制が必要だと思う。
清水寺で、犠牲者の方々へのお焼香をさせて頂いた。
日本人である、素晴らしさをあらためて京都で感じる事ができた。
東京に戻り、次のプロジェクトに加わりたいと考えている。
今回は、地震、津波、放射能と複雑な被害が重なり長期的視野で援助していく必要がある。
今の、チャリティーや義援金集めとは別に、長期的なプランが必要だと感じ始めている。
同時に、日本という国の復興、更なる発展につながる事を、日本人を始め
世界中の仲間達と考えて行きたいと思う。
戦後、焼け野原から復興をした日本人。
これからは、自分達の世代が先頭に立って日本を復興する認識をする必要がある。
これからの日本を作るのは、自分たち以外にいないのだから。
早く東北地方の人達がいつもの笑顔で満たされるよう祈り、
小さいことからコツコツ活動していこう!!
Ichigo
ICHIGO (田中総一郎)
1回目
2011/4/6
『今、できる事。小さな事からこつこつと!!』
2回目
2011/4/20
『がんばろう東北!』
3回目
2012/5/18
『「サーフライド」というカルチャー』
4回目
2011/6/1
『サーフライドへのこだわりと実現』
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