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 COLUMN
skate columnSKATE COLUMN 2007/8/22  
羽太芳夫(HABUTO YOSHIO)
29歳 有限会社ビッグウイング代表
スケートボードに取り憑かれて早16年。。
2年前に自分でスケートボードの代理店を始めました。
仕事も、遊びもスケートボードとは常に一緒です。
1回目 2007/8/22 『どうも!ハジメマシテ!』
2回目 2007/9/5 『ぷろすけ~た~』
3回目 2007/9/18 『え~エスR』
4回目 2007/10/3 『交通渋滞パート1』
5回目 2007/10/17 『交通渋滞パート2』

『どうも!ハジメマシテ!』

アドバンスの田中君からスケートコラムのバトンを頂いたビッグウイングの羽(ハブト)と申します。
スケートは、始めた年から数えると17年程滑ってます。なんだかんだ人生の半分以上やってますね。
今回けんじ君(田中君)からコラムを頼まれるとは思ってもいませんでしたよ。。。
けど、“けんじ君”からバトンをもらえたことはこの場で何かを伝えられるとか、宣伝出来るとかじゃなくて、素直にうれしいですね。スケーターの数少ない同業者で、危ない歳上の先輩だし。笑
何を書いてよいやら悩んだ結果!
最初なんで僕の自己紹介がてら自分のことを書かせていただきます。(やっぱり。)
僕は27歳の時(2年程前)からビッグウイングというスケートボードの代理店を営ませていただいています。
http://www.bigwingskate.com/
そもそもなんでスケートボードの代理店をしているのかというと、スケートが大好きだから。
ただ、それだけです。
自分で会社を始める前は渋谷の某スケートショップで働かせていただいたり、都内某スケートボード代理店で働いていました。それもスケートが好きで何らかの形でスケートボードに携わっていたかったからです。仕事はつらいけど、そんなの屁でもないです。スケートに携わっていけるのであれば。。
まぁスケートが大好きってことです。
それと、僕はスケートボードには本当に感謝をしています。
中学1年の時、スケートボードに会ったことは僕にとってまじ人生の転機でした。僕自身、あがり症、赤面症で人とコミュニケーションを取るのがかなり下手だったのですが、スケートでいろいろな人種の人達と会う事ができて、そしてスケートを出来たことで僕自体良い意味で変わる事ができました。周りはサッカーとか野球とかやってたけど俺は興味なくてやってなかったし。。。
ともかく、スケートが引っ込み思案な僕を変えてくれました。
僕の中では、スケートボードが放つパワーはそうとう凄い存在です。

そして、今までも、この先も、スケートボードの仕事、スケートボードしか俺にはないです。
会社を立ち上げてまだ2年しか経ってないですが、既に沢山の情熱をもった人達と知り合い、感動的な場面を見せてもらいました。(毎度凄すぎてビビってます。)
そして、この先も海外と日本のスケートシーンの変化を見ていきたいです。スケートボードというマイノリティーな世界のビジネスなのでお金的には常に大変です(笑)が、この会社を立ち上げて本当に良かったと思ってます。
まだまだ小さな会社で、はっきり言って出来ないことばかりです。。。
でもこの先、スケートボード輸入代理店という仕事の中で何らかの形で日本のスケーターに目標、希望を、スケートに情熱をもっている人達に還元を、出来ればと思っています。
今、僕が持っている輸入代理店というポジションを一生懸命がんばります。っていうか、しかないです。
熱くなってきて、しかも長くなりそうなので、僕も最終兵器を出して今回を締めさせてもらいます。。うす。
では、行きます!
THRASHER MAGAZINEからの愛のメッセージ
“SKATE AND DESTROY"
さよなら、さよなら、さよなら。
笑。

skate column羽太芳夫(HABUTO YOSHIO)
1回目 2007/8/22 『どうも!ハジメマシテ!』
2回目 2007/9/5 『ぷろすけ~た~』
3回目 2007/9/18 『え~エスR』
4回目 2007/10/3 『交通渋滞パート1』
5回目 2007/10/17 『交通渋滞パート2』
 
 
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