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COLUMN |
SKATE COLUMN 2012/10/3 |
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南勝己
Evisen Skateboards 代表
スポンサー:Evisen Skateboards, Prize Fighter Cutlery, DESTRUCTO TRUCKS,
arktz, MXMXM, Relax with PIC |
1回目 |
2012/9/19 |
『でっち上げ 』 |
2回目 |
2012/10/3 |
『ガチスケーター』 |
3回目 |
2012/10/17 |
『ギリギリガガンガン』 |
4回目 |
2012/11/7 |
『無題』 |
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『ガチスケーター』
こんにちは第二回目のコラムを掲載させて頂きます。
一生懸命書いた前回の人面犬のコラムがいきなり不評でした。
おまけに『勝己、あれあんまりだったね!』とか言われちゃう始末です。
そもそも文才も無いので、コラムなんて書きたくないのが本音なのですが
バトン形式のこのコラムを先輩の小原君に渡されたので、
断れずにいやいや書いているのも本音です。笑
そして『勝己、あれあんまりだったね!』と言って来たのも小原君でした。
そんな感じなので今回は僕にコラムを振ってきた来た張本人の小原君のことを書こうと思います。
小原君と初めて出会ったのは20歳くらいでした、場所は池袋の西口公園でした。
当時アメリカに住んでいた小原君は、
地元である池袋に1年に1,2回、たま~に帰ってくる感じだったので
あまり深くしゃべったことがありませんでした。
しかし小原君が帰ってくると池袋スケーター達が超盛り上がりで彼をお迎えして酒を飲み始めるのです
酒を飲み始めるとマジで大暴れです!
大暴れと行っても、人を傷つけたりではありません。
もうひたすら飲むんです。
『この人飲み過ぎだろ』ってくらいいつも飲んでて
スケートボードしてる姿は酔っぱらってフラット技で遊んでるくらいしか見たことありませんでした。
当時の私は、小原君がガチスケーターとは思っていませんでした。
アメリカのエレメントやVITAから直接サポートされていた小原君。
アメリカのスポンサーのサポート体制はマジで凄くて、
小原君の家には有り余るほどのスケートアイテムが転がっていました。
そして僕を含む後輩10人くらいが、
いつも酔っぱらって上機嫌になっている小原君に
『靴ください』やら『板ください』など超軽々しくたかるのです。
なんなら『今小原君が履いている靴予約していいスカ?』とか平気で言っていました。
小原くんは『ふざけんなよ!』と言いながらも、いやいやいつも渡していました。
そんなある日、小原君がFESNの撮影で新宿の某ステアを飛ぶとの噂を聞いて
仲間達で見に行こうと10人くらいで行きました。
ステアは10段くらい?幅がありオーリーで飛ぶのも嫌な感じでした。
小原君はフェイキーオーリーでそのステアを飛ぶというのです。
『あの幅をフェイキー?』
『小原くんが~?』
僕は、『これは少し時間かかるだろう?』勝手に思い
お腹がすいていたのでコンビ二にカップラーメンを買いに行きました。
お湯を入れ小原君の撮影を軽い気持ちで見守っていました。
しつこいですが当時の私は小原君がガチスケーターとは思っていませんでした。
『。。。。。』
沈黙の中、撮影がスタートしました。
小原君はものすごいスピードでステアに突っ込みました。
皆が固唾を飲んだ瞬間。。。
乗っちゃったんです。
一発で。
昔からの付き合いの人はもちろん知っているのですが
私はそのとき初めて『半端ねえ!この人ガチスケーターだ!』
と同時に、私の中で小原君というスケーターを見る目が尊敬の眼差しへと180度変わりました。
小原君はアメリカで、ガチでスケートボードしている人だったんです。
カップラーメンも食う暇ありませんでした。
そんな氏がcolor communicationsという洋服のブランドを始め
工藤勇三、村岡ヒロシ、今村アキラ、TOM等地元池袋のライダーを抱えて、スケートビデオまで作り
ますますスケートボードにのめり込んで行ってる先輩が身近にいてくれるなんて最高です。
そりゃあこのコラムのバトンも断れません。
We are color communications!
(写真右上工藤勇三も、当時一緒に小原君にたかっていた一人です。)
次回のコラムはもう少し私のローカルスポットである池袋をお話したいと思います。
では、最後まで読んで頂きありがとうございました。
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