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skate columnSURF COLUMN 2014/12/17 COLUMN INDEX

佐藤 弘一朗
1973年 11月17日生まれ。
15歳でサーフィンを始めるが20歳の時あることを機会にやめてしまう…
またあることが機会で27歳の時にもう一度サーフィンを最初からやり始め
現在サーフショップを経営する傍らNSAサーキットに積極的に参戦中。
コンペティションは勝つのが難しいのでは無く心からコンテストを楽しむのが難しいと
考える現在41歳のアマチュアコンペティター。
2013.2014.
ALL JAPAN SURFING GRAND CHAMPION GAMES シニアマスタークラス出場権獲得
職業
タスクサーフボード仙台店 FC仙台店代表
REVOLVER トラベルサポートギア代表
スポンサー:RISING SUN surfboards/ FLAVOR6 wetsuits/ Black Flys eyewear/
VESTAL/ DESTINATION/ BLACK RACE/ (有)カービング/ IN DEPTH/ REVOLVER
ブログ http://revolver1.exblog.jp/
1回目 2014/12/17 『リアルコンペティターへの道』
2回目 2015/1/7 『周りの理解と土台作り』
3回目 2015/1/21 『心・技・体、戦友との出会い、苦難、挑戦する事の素晴らしさ』
4回目 2015/2/4 『NSAサーキットツアー2014、苦難 苦戦 地元仙台での開催 グランドチャンピオンゲームズ出場枠獲得

『リアルコンペティターへの道』


ソウルサーファー ビックウェイバー 週末サーファー エンジョイサーファー フリーサーファー コンペティターサーファーと今の時代いろいろなサーファーが多くなり、個々にスタイルを楽しんでいる。
どんなスタイルであれみんな海を愛しGOODな波を求めて日々過ごしているサーファーには違いはない。

今回、私が4回にわたりコラムを書かせて頂く内容はアマチュアコンペティターサーファーの魅力、素晴らしさについてなのだがコンペティターにもスタイルの種類があり大きく分ければNSA主催大会、公認大会に人生をかけ1年中コンテストに参戦するリアルコンペティター、支部予選を勝ち上がり全日本サーフィン選手権のみに参戦する者、ローカルコンテストのみに参加する者、お店主催のユーザー大会にだけ参加する者、コンペティターと言えどまたスタイルの違いがある。
長年サーフィンを楽しんでいる方なら今までたった1回でもコンテストに参戦した経験がある、という方がほとんどではないでしょうか?
私は1年中全国各地のコンテスト参戦しています。
負ける事が多くたいした成績もありませんが、リアルコンペティターと言うスタイルが本当に好きで今では生活の中心はコンテストの事ばかりです。
お店も経営していますのでいろいろなスタイルのお客様もいますから、自分のスタイルを押し付ける事もなく日夜頭の中だけでの構想ですが…

私のお店のお客様の中にはコンテストが嫌いだとおっしゃる方もいます。

負ければ悔しい、争い事が嫌い、お金がかかる、のんびりやりたいなど確かにその通りです。リスクの事ばかり取り拾い考えればコンテストを毛嫌いする方が多いのもうなずけます。

今回、私のこのコラムを読んで頂いた方が少しでもNSAコンテストに興味を持って頂けたらと思い書かせて頂きます。もちろん興味はコンテスト観戦だけでもオッケーです!
今ではどんな国内サーキット戦、アマチュアスポーツの中でもNSAサーキットがいちばん熱いと自負しております。
どうぞ最後までお付き合いよろしくお願いします。


コンペティターになる方ならない方にはサーフィンを始めた環境で大きく左右するのも事実です。


私の場合は始めたきっかけがリアルコンペティターとの出会いでした。
15歳の夏、それまでバスケットに打ち込み3年生は引退しなければならなく今後の目標もなくいた時、実家の近くの海水浴場へ友人とふらふらと行くのだが、こともあろうに私は綺麗なビーチでゴミを散らかしラジカセから大音量を出してその場を楽しんでいたのだが、1人のサーファーに注意されたのが大きな転機に。

真面目そうな青年…

ただゴムの服に蛍光の海パン…

右手にはビート板みたいな長いやつ持ってる…

それが最初に口を聞いたサーファー。
小学3年生から空手をやっていた事もあり注意された事に楯突き胸ぐらを掴むがあっさり敗北…
かなり悔しい感じだが聞けば同級生、打ち解けて話すとどうやら中学1年からサーフィンを始めいろいろなコンテストに出ているようだ。
僕のバスケットに次ぐ目標はサーフィンだと意気込み、そいつからサーフィンのノウハウを学び気が付けば週に3回は海に行くようになった。
本当は得体のしれないそいつに言い負かされたのが悔しくそれがきっかけでもあったのだ。
それからそいつとはすっかり仲良しになり同じバスケット部を引退した幼稚園からの親友もサーフィンを初めそいつからサーフィンの技術だけじゃなくサーファーとしての価値観や考え方、スタイルなどいろいろな事を学んだ。
テイクオフから走ってローラーコースターが出来るようになった17歳のころようやくコンテストに出て見ないかとそいつに紹介されたショップのオーナーから言われて出てみたものあっさり予選敗退…世の中そんなに甘くはない。
バスケットではすぐに上達したのにサーフィンは難しい…
ファイナルに駒を進めた選手の笑顔を横目で見ながらいつか必ず自分も表彰台に上がりたいと初めて意識したのをいまでも覚えている。
少しづつかすかな目標を見つけた僕は高校を中退し、毎日のようにサーフィンにのめり込んだ。
しばらくの間無職のその日暮らし状態だった。
それからはアパレル会社でバイトを始めたが財布にはほとんどお金も入ってなく計画性のない金銭感覚だったが、時間があればスクーターにボードをくくり付け海へ練習にはげんだ。



そんな中、ショップの先輩とそいつから初めて仙台新港へ連れて行ってもらった。
初めて見る仙台新港、そして初めて見る上手いサーファーに言葉を失ったのを今でも覚えている。
仙台新港 別名ビックウェイブ道場、ここが後に自分のホームポイントとなる。
その時、そいつに紹介してもらったのが当時からNSA宮城仙台支部を代表する選手のマカやチャーミーやミウラタロウだ。
なんと同級生だって言うから驚きだった。
それからさらに知り合いも増え、アパレル会社の先輩もサーファーな事からさらにサーフィンの楽しさに魅了され働きながらサーフィンを楽しみ、なかなか勝てなかったがたまにコンテストにも参加してすっかりコンテスト好きなサーファーになった僕はある事がきっかけでサーフィンをやめてしまう事に…
理由は後ほど書きますが、まず差し当たった理由のひとつにお金が無い…
子供ながら初めて気付く現実。

免許も、車も、ガソリンも、食事代金も、これからの将来も、全てを考えるとサーフィン以外何もなかった僕は凄く考えた…
楽しくサーフィンやコンテストを続けるためにはお金が必要だって事…
お金が全てじゃないし、そんな理由でサーフィンをやめるなんてその頃は本当にサーフィンが好きじゃないって事だったかもしれない…
だけどその時の僕にはそれが最大の悩みでもあった。
そう考えた頃、僕はまだ未成年だったが高校を簡単にやめてしまうような息子にたった1円たりともお金をくれる親ではなかった。
小さい時に父と母が離婚。
厳しくもギャグセンス抜群の父に引き取られたのだが、父のおごりでという約束で食事に出掛けても気分と機嫌で割り勘になることも度々…
お金には厳しい父だったからお金の援助はほぼ無し。
現在は親がサーファーで子供のサーフィンに理解がありしっかりサポートする家庭もたくさんあってそんなサーフィンファミリーが今では多いが昔は親がサーファーなんてあまりいない時代だった。
少なくとも僕のまわりにはほんの数名しかいなかった。
現在、免許も無く未成年ながら精一杯サーフィンやコンテストを頑張っている次世代サーファーの方は是非とも両親、家族に感謝しなければならないと思う。自分1人では何も出来ない、まわりの理解や協力があってこそ自分が頑張れるのだから。

ちなみにうちの父は卓球部だったようだ、高校を中退してまともに職にもつかず、まずは人としての目標を持たない私、適当な性格ながらも事業を成功させていたそんな父からはサーフィンに全く理解無し…
自分が好きな事ばかり優先する私に当時の彼女も全く理解なし…

そして私がやめてしまった本当の理由は全くくだらない嫉妬心…
今思えばなんてくだらない考えだろう。
自分の不注意で右手首を負傷して出れなかったサーフィンのローカルコンテストでバスケット部を引退し私の1年後にサーフィンを初めた親友が表彰台に上がったのだ…
凄く悔しかった。
バスケットの試合で他校に負けたときよりも、殴り合いのケンカで負けたときよりも、凄く凄く悔しかった。
そう、彼にはしっかり土台があったのだ、高校もしっかり通い頭も良く大学にも進学が決まっていてサーフィンに対しても親や恋人にも理解がありサーフィンもコンテストも将来もちゃんと目標設定が出来ていたのだ、まさに文武両道…かなう訳がなかった。


彼が後に当店のライダーになるのだが…


楽しいサーフィンやコンテストこれらを徹底追求し生涯やり続ける覚悟があるならばしっかりと目標を立てしっかり働き家族を養い、家族から理解を得て支えてもらう事、まだ未婚で将来を考える恋人がいる方には相手にちゃんと理解を得てこそ、自分1人だけではなく一番身近で支えてくれる大切な人がいるからこそ、頑張れたり困難にも立ち向かえる物だと私は思う。
サーフィンライフ、リアルコンペティターと言う事だけでは無く人生何でも理解や土台が必要不可欠なのだと私は思う。


そしてそんな未熟な人間な私はサーフィンから逃げ出しコンテストは不向きと言い訳に、人生のターニングポイントでもある20歳、私は芸能イベント系の広告代理店に就職。
サーファーとしてコンペティターとしての未熟さからしっかりとした土台を作れないまま私はこのサーフィンの世界を去り7年もの期間コンテストどころかサーフィンから離れる事になる…



何も知らない20代…仕事とはいえ都会の空気、ファッション、音楽、見る物全てが華やかですっかりサーファーとしてのマインドが無くなり高額スーツに高額な腕時計、見た目に見栄を張りそれでもしっかり組織の中で揉まれた20代前半…パソコンで音楽を作ったり、イベントの企画書を作ったり、新しい趣味ではDJやバンド活動、サーフィンの事はすっかり忘れてしまった正反対のスタイル、今では考えられない価値観…

金儲けが全てを信条にもう二度とサーフィンをやらないと誓ったあの時…
もうすっかりサーフィンの事は頭から無くなって行きました。
第一章 完



第二章は27歳ふたたびサーフィン復活!
第一章で学んだ大切な方達の理解、土台、をテーマに一度は逃げ出したサーフィン、今度は二度とやめない事を誓い、サーフィンにコンペティターに人生をかけるための土台作りに挑戦!
お楽しみに!



surf column佐藤 弘一朗
1回目 2014/12/17 『リアルコンペティターへの道』
2回目 2015/1/7 『周りの理解と土台作り』
3回目 2015/1/21 『心・技・体、戦友との出会い、苦難、挑戦する事の素晴らしさ』
4回目 2015/2/4 『NSAサーキットツアー2014、苦難 苦戦 地元仙台での開催グランドチャンピオンゲームズ出場枠獲得
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